大判例

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東京高等裁判所 昭和58年(う)1645号 判決

裁判所書記官

石井正男

本籍・住居

新潟県西蒲原郡巻町大字角田浜一一七四番地

会社役員

小川忠右

昭和一二年八月七日生

本店所在地

新潟県西蒲原郡巻町大字角田浜一一一四番地

有限会社角田産業

右代表者代表取締役

佐藤速雄

右小川忠右に対する所得税法違反、法人税法違反、右有限会社角田産業に対する法人税法違反各被告事件について昭和五八年一〇月五日新潟地方裁判所が言い渡した判決に対しそれぞれ弁護人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官鈴木薫出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人高島民雄名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官鈴木薫名義の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

所論は、要するに、原判決の被告人両名に対する各量刑は重過ぎて不当である、というのである。

そこで、調査すると、本件は、被告人小川忠右(以下被告人小川という。)が、(一)建設資材販売業及び土木工事請負業の事業所得を含む昭和五四年分及び同五五年分の個人所得について、実際には合計二億三六六六万一四三〇円であるのに、合計三〇七五万七五五〇円であるとの虚偽過少申告のほかそれまでにした売上除外等の不正の行為により所得税合計一億三七一三万七四〇〇円を免れ、(二)更に右個人事業を法人化した被告人有限会社角田産業(以下被告会社という。)の代表取締役としてその業務に関し昭和五五年一〇月期及び同五六年一〇月期の各事業年度の所得について、実際には合計一億七二六万七五六九円であるのに合計四〇一八万六八三一円であるとの虚偽過少申告のほかそれまでにした売上除外及び架空仕入等の不正の行為により法人税合計二八〇二万三八〇〇円を免れたという事案であるところ、本件のほ脱税額が総合計約一億六五一六万円の巨額に及んでいること、個人所得の秘匿率が平均約八六・七パーセント、所得税ほ脱率が平均約九四・四パーセント、法人所得の秘匿率が平均約五八・三パーセント、法人税ほ脱率が平均約六五・二パーセントに達し、特に所得税の関係のそれらが高率であること、不正の行為が法人成りの前後を通じ現金売り分等について計画的継続的な売上除外、それに連なる伝票・帳簿の操作をし、法人成り後には更に架空仕入をも計上して所得を秘匿したうえ、各確定申告ではまず申告所得額をきめてからこれに適合する数額を計上するいわゆるつまみ申告の方法による虚偽過少の申告をしたものであって、それぞれ脱税の犯意が明確であること、本件に先立つ昭和五三年分所得税の確定申告の際それまでの青色申告方式を取りやめて以来ことさら白色申告方式によって確定申告をしたのも右の脱税の犯意の現れであること、本件査察開始後に会計諸帳簿及び預金通帳を親せきに預けて隠したこと、それぞれの脱税の動機が高い収入収益をあげながら他人まかせの投機的取引を企てて損失を生じ、納税資金に不足を生じたことなどであって、斟酌できる事情ではないこと、被告人には罪種が異なるものの道路交通法違反罪による一四回の罰金前科があることに徴すれば、被告人両名の刑事責任、特に法人成り後にも個人的企業である被告会社の当時の代表者であった被告人小川の刑事責任は重いといわなければならない。そうすると、被告人小川が査察の途中からはその非を自覚してこれに協力し、課税庁の指導に従って修正申告をし、重加算税等を含めて納税を完了していること、被告人小川が営々努力してその個人事業及び被告会社の事業を育成して来たことその他所論の指摘する諸事情を考慮しても、被告人小川を懲役二年・三年間執行猶予及び罰金二五〇〇万円(所得税ほ脱合計額に係る罰金率一八・二パーセント)、被告会所を罰金五〇〇万円(法人税ほ脱合計額に係る罰金率一七・八パーセント)に処した原判決の各量刑が重過ぎて不当であるとはいえないから、各論旨はいずれも理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 杉山英巳)

○昭和五八年(う)第一六四五号

控訴趣意書

被告人 小川忠右

同 有限会社 角田産業

右の者らに対する所得税法違反法人税法違反被告事件について、弁護人は次のとおり控訴理由を述べる。

昭和五八年一二月一四日

右弁護人 高島民雄

東京高等裁判所 第一刑事部御中

控訴理由-量刑不当

被告人らに対する原審判決は、証人山崎昭平、同小川タツの各証言、被告人質問の結果その他関係証拠より認められる左記情状事実につき、これを相当程度斟酌していることは首肯し得るとしても、なお、その量刑は重きに失するものと思料される。

一、被告人小川の身上経歴等について

被告人は、小学校一年生の頃、父を戦死で失い、以降、八人兄弟の六番目として、農業と行商で生計を立てる母を助けて成長した。

長兄福一郎もソ連に抑留され、帰還は終戦約四年後であった。

中学卒業後、一時期東京へ職を求めたが、しばらくして体をこわし、角田浜へ戻り、その後、約八年間、角田浜農業協同組合の運転助手として勤務、この間昭和三八年、同郷の小川タツと婚姻、祖父母、母、妹が同居する小川家に婿養子となった。小川家は田畑約六反の農業と行商に、その生計を頼っており、被告人は、小川家の貴重な働き手となった。

被告人は昭和三九年ころ、右農協を退職し、トラック一台を購入して、土木資材の販売を業とすることとなったが、これは自ら進んで選択したものではない。町村合併に伴う農協の統合により、運転助手であった被告人は、人員整理の対象とされたのである。

この仕事に何の目算があったわけではない。全くの素人の被告人に、何一つ確信はなかった。貯えた預金もトラックの頭金に消えてしまい、他に誰が援助の手をさしのべてくれたわけでもない。ただ、被告人は、唯一の運転技術とその体力に睹けてみるしかなかったのである。

被告人は泥にまみれて、朝早くから夜遅くまで無我夢中で働いた。妻タツも、被告人の運転助手をつとめ、自らもスコップを振った。

そして、その後、事業に土木建設の下請も加え、地元の信頼もかち得て、角田浜の焼山地区の山砂の権利を取得した昭和五〇年ころには、実弟佐藤佐雄の外人夫六-七名を雇用するようになり、以後業績は急速に向上していった。

この経過からも明らかであるが、被告人は、まさに裸一貫からのたたき上げであって、企業会計、税務に関する知識など全くなかった。

売上げの計上もれ等も、脱税の手段というよりも、むしろ、こうした経理面での被告人の無頓着に起因するところが大きいのである。

又、被告人は、昭和四八年ころから昭和五二年まで、税理士本多昭吾に経理面の業務を依頼していたが、前記のとおり、税務会計に無頓着な被告人に、同人から法人成り等の税務指導等は何もなかった。

個人所得税、法人税の税率の大巾な相違を考えると、適切なアドバイスのもとに、早期に法人組織化が図られていれば、少くとも、本件の如く多額な脱税の事態は避けられたはずである。

もとより、法人成りそれ自体は、何ら違法不当なものではなく、有効な節税策の一つとして承認し得るものである。

二 本件脱税の動機等について

被告人の本件脱税の動機は、株、金、商品の各取引に多額の資金を投入していたこと、後述の高根砂金堀の関係での出資があったこと、右各取引で厖大な損失が生まれたことなどから、納税期の資金繰りに窮したことによるものである。

資産隠匿、財産形成の手段としての脱税では決してない。

株、金商品の各取引について、被告人の調書は、国税局の調査でも、検察官の取調べでも、殊更「商売とは無関係」「勝負ごと」との側面が強調されているが、これは、損金と認め得る事業損失か否かの対立から、勢いこうした内容で記述されたと思われるものであって、競馬競輪その他ギャンブル行為とは一切無縁、酒もやらず、住居も百年来のたたずまいそのままに、仕事一筋にかけてきた被告人の生き様をみる時、その真相は、被告人の原審公判廷供述にある如く、多額の先行投資を要する業務上の必要から、運転資金の運用、利殖を目的として行われたものとみるべきものである。これが、税法上、損益通算のかなわぬ雑所得であることは、その各取引の経緯、態様などからみて、争い得ないことであるとしても、被告人の資金投入の主観的意図、目的、そして、これらの失敗が事業上の損失にあたるとの被告人の認識については、量刑上十分斟酌されるべきである。

三、手段方法は悪質ではない

被告人が所得隠しの手段としたところは、ほぼ売上除外と架空仕入れの二点である。

売上除外は、単純な帳簿への無記入、過少申告であり、架空仕入れにしても、当該事業年度の利益の減少とはなっても、いずれ利益として確実に顕現するものであって、事業年度間の利益の調整作用しか有しないものである。

そこには、複雑な帳簿操作、仮装諸経費の計上等の事実は全く認められず、その手段方法は、むしろ単純稚拙と言い得るものである。

逋脱犯の故意犯としての性格から、かかる事情も量刑上十分斟酌されるべきものである。

四、被告人に再犯の恐れはない

被告人は本件国税当局の査察に対し、終始協力的な態度を貫いている。

当局の修正申告の勧告に対する抵抗も、事実を争ってのそれではない。

株、金商品各取引の損金算入、高根砂金関連支出の経費算入如何という評価をめぐる対立であった。しかも、この背景には、福田敏雄なる人物、そして、仙台国税局の長官も経験したという谷川某なる人物の扇動があったのであり、被告人の一存によるものではない。

税法上の知識などなく、当時わらにもすがる思いでいた被告人が、これらの言辞に惑わされるのも当然であり、過大な非難は出来ないと思われる。

査察当局が、前記各取引について、事業資金の運用との被告人の弁明を聞き入れず、ことさら睹け事的側面を強調して供述を迫ったことも、逆に、被告人にこれら損失の損金算入の可能性を、期待させる結果ともなっていたのである。

被告人が修正申告を拒否したことも、決して被告人の反省の欠如、納税義務回避の意思を示すものではないのである。

有限会社角田産業の本件脱税については、山崎税理事務所の山崎昭男が、同社の経理を担当し、申告に際し被告人の依頼を安易に応諾した事実が認められるところであるが、同人も法廷で言明したとおり、本件を契機としてその体制の不備を反省し、その後は自ら出向いて月々の帳簿記帳をなすなど、経理面での監督体制も強化されており、二度とかかる不法な操作が行われることはないものと確信される。

更正決定後、多額の法人関係の税金を早期に納入するなど、今回の告発、公判を通じて、被告人の反省も十分と認められるところであり、被告人に再犯の恐れはないものと断言して差し支えない。

五 被告人の資産状態について

本件税額更正の基礎とされた所得は、被告人小川忠右において二億三、六六六万円、被告人有限会社角田産業において一億一、〇七二万円、合計三億四、七三八万円であるが、これら所得の大半は、被告人らの手元を離れたか或いは、損失として確定するものである。

被告人小川は、昭和五四年に株と金取引で四、一五四万円、昭和五五年に商品取引で三、二〇七万円の各損失を出している。

そして、本件査察において被告人小川に係る支出としてとらえられている砂金関連支出が四、九一六万円、これに関連する福田敏雄への貸付金が五、九三七万円である。

これら福田関係の支出は、関係証拠から明白な如く、いずれも貸倒ないし事業の不成功で、損失に帰することが確実視されるものである。

損失ないし損失と確定すべき金員の合計は、実に一億八、二一四万円にも達するのである。

これらが、いずれも税法上は確定的な所得とみなされ、課税の対象とされることは已むを得ないとしても、本件は、世上一般の逋脱犯の如く所得が何らかの形で隠匿されている事案とは、全く態様を異にする。

右本件量刑上の諸事実を正当に評価願えれば、被告人小川忠右に対する懲役二年(執行猶予三年)罰金二、五〇〇万円、被告人角田産業に対する罰金五〇〇万円の原審各判決は、なお重きに過ぎるとも思料され、再度の御勘案を求めるものである。

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